ハートをおくったユーザー

ハートをおくったユーザーはいません

    2月、9GOATSの思い出話

    ryo official fan community「Your」

    2025/02/08 13:30

    フォロー

    2月9日を迎える

     

    2013年この日、9GOATS BLACK OUTは解散ライブを行った。

     

    もう十二年も経つのか

    HOLLOWGRAMを翌年始動させて十一年だからその通りか

     

    その解散ライブを行った赤坂BLITZもライブハウス営業終了、

    活動時期よく出演していた高田馬場AREAも閉店

    自分が人生で初めて東京でライブをしたライブハウス、目黒鹿鳴館も移転。

     

    とシーンは姿を変えている

     

    そんな今日、昨日Blogでも触れたH.U.Gのドラムを支えてくれている

    TAKEOさんのPIERROT、そして黒夢、SIAM SHADE、SOPHIAと

    多くの先輩方がライブを行っている。

    たくさんの人の心を焦がし、癒し、高めていることと思う。

    自分も憧れた魂が震えるようなゾクゾク感がまだしっかりとみんなの心の中で呼吸をしていること

    すごく嬉しい。

     

    集客や知名度では遠く及ばないことは承知の上だけど

    自分は9GOATS BLACK OUTの活動にしっかりと誇りを持っている。

     

    録音時の知識、技量や機材的な面でもっとこうしたかった。

    みたいな点はたくさんあるんだけど、楽曲、歌詞は長く愛されるものにできたと思っています。

     

    コロナ禍の3年間。

    やはり自分が身を置いたこの文化そのものが枯渇してしまうのではないか

    そんな気もしたけれど、その当時の視点からしてみれば今日のありようは奇跡と言っても良い。

     

    9GOATSの始動と合わせるように

    実父が亡くなった。

    本人が喉に違和感を覚えて検査をしたところ、癌だった

    余命半年といわれた父は結果3年近くの闘病期間を耐え抜き、深く眠った。

     

    GULLETというバンドを解散させて、機材を処分し、地元新潟に帰って

    バンドをやめたのだけど、utaとhatiに声をかけてもらい改めてバンドを作り

    活動する準備に入った矢先にわかった父の癌、食道癌だった。

     

    何の因果かGULLETって食道って意味。

    だから初期のマークロゴには顎下から首までのスカルマークを用いてたりした。

     

    人生の皮肉か、一度自分の夢を諦めたものへの戒めか

     

    当時は深く悩んだ、バンド活動なんてしていて良いのかと。

     

    バンドをしたくて好き勝手やっていた自分は

    父親と疎遠になった。

     

    いや、意識的に避けていたんだな

    バンドをやっている自分を認めてもらえてないと思っていたから。

     

    十年以上口も効かないような関係だったけど

    歳を重ね、徐々に会話もできるほど自然に接することができるようになっていった。

     

    その父を食道癌で亡くす。
    これは堪えた。

     

     

    結果、自分は肉親の死をその活動のメインの題材にすることを選んだ。

    童話や神話をモチーフとしてオブラートに包み、境界をぼかしながら

    特に主語を用いないで成立する日本語という言語の特性を最大に活かして

    その内容を曖昧に言い切らない形をとりながら

    大切なものをなくすということ、それが生きることにどういう作用するのかということを主題に書くことにした。

     

    だから常に9GOATS BLACK OUTの歌詞には喪失が付きまとう。

     

    この判断は当時、相当に悩んだ。

     

    自己憐憫をバンドで昇華しようとしていると思われ非難を受けるとも思っていた。

    結果、世に出した曲たちは自分たちの予想を超える反応をもらった。

     

    1st Albumの配送をコスト削減でメンバー宅で集まって発送作業をしたのだが

    予想以上に数が多く、1日で終わるはずが3日以上かかり、体調不良者はでるは

    終わりの見えない作業に険悪な空気になるわというのは、もうすっかり良い思い出。

     

    こうしてバンドの方向性が決まった9GOATSは

    1st album 「devils in bedside」で「sink」という曲からスタートする

     

    この「sink」は流しという意味合いではなく、落ち込む、沈むという意味合いでつけたタイトル。

    ベッドに横になった父の体の形に沈み込んだ様からつけた。

    そこから6曲、喪失から葛藤を経て、最終曲「float」へと繋ぐ。

    ベッドに張り付いた者の体を離れ、魂が空に登っていく様を描いたつもりだ。

     

     

    父が亡くなる前に母から、父親が実はずっと自分の活動のこと、生活のことを心配してくれていたことを聞かされる。

     

    後悔した。

     

    十数年も勝手に認められていないと思い込み、実家を避けて

    父親と口も効かなかった自分の愚かさを。

     

     

     

    父の最後、痛みの緩和のためのモルヒネ投与が増え

    まともにやり取りができなくなった父が、急に意識をはっきりさせて

    しばらくの無言の後両手で抱き寄せて「俺の、息子」とだけ言った。

     

    その時の時間がラストアルバム「CALLING」の「8秒」にタイトリングされている。

     

     

    共感性など無視した、自己中心的なものづくりではあったと思う。

    でもそこには本当に熱量を込めて想いを紡いだ。

     

    9GOATSを解散させてからも、手法を変え、表現を変えながらも

    その自分の表現の根底にはそう言った心の安寧を求める気持ちがある。

     

    文字通り死ぬまでずっと思い続けてくれた父に

    ちっともできなかった恩返しのつもりで、やっぱりものづくり

    表現は続けていきたい。

    自分の未熟さで立ち行かなくなるその日まで。

     

    人は忘れる生き物だから、覚えているうちにこの気持ちを記しておきます。

     

     

     

    9GOATSに限らず、これまで携わってきたいくつもの活動への声、嬉しく思っています。

    またやりますとか約束はできないけど、思い続けてくれたらその存在は消えません。

     

     

    言葉のみで申し訳ないですが、感謝しています。

     

    ありがとう。

     

    ryo

    ページを報告する

    コピーしました

    有料会員になるとオーナーが配信している有料会員限定のコンテンツを閲覧できるようになります。

    ryo official fan community「Your」 ¥600 / 月

    会員登録する

    コピーしました